
Toshiba JP-1596 [8, 1963]
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[六之館] 内田高子 - 粋なネグリジェ
1942年8月22日千葉県銚子市生まれ。銚子高校を卒業後の1963年12月、伊国映画『セクシーの夜 Sexy al Neon』(1962年 / メトロポリス)の公開にちなんで、東和映画が主催したセクシー女神コンテストで優勝。翌年に“ネグリジェ歌手”として東芝から本作でデビューしましたが、殿方を無闇に刺激してはならんと放送禁止曲に指定され、2枚目の「樽を叩いて」(1964年7月)も不発に終わります。そんな頃にピンク映画界から誘いがかかり、新藤孝衛監督の『セクシー東京64』(『肉体ドライブ』と改題して1965年3月公開 / 日本映画社)でデビューしました。続いて小川欽也監督の『雌・めす・牝』(1965年1月 / 大蔵)、『黒・白・黒?』(1965年4月 / 大蔵)や、柳家小せんと共演した大貫正義監督『好色森の石松』(1965年5月 / 新東宝)などに出演後、向井寛監督のデビュー作『肉』(1965年5月 / 国映)の主役に抜擢されます。ここでの艶技が注目され糸文弘監督『乳ぼくろ』(1965年9月 / LL企画)、藤雄三監督『可愛い悪女・このまま殺して』(1965年10月 / 大蔵)と主演作が続き、武智鉄二監督『黒い雪』(1965年6月 / 日活)などで一般公開映画にも出演するようになりました。野性的な容姿と93-60-93cmのグラマーな肉体から“ピンク界のソフィア・ローレン”と称されます。1966年には向井監督『二股かける女』(1966年5月 / 大蔵)をプロデュースしながら、主役を演じるという熱の入れようで、艶技力のほうも急成長を遂げました。
本作は東芝からリリースされた歌手デビュー曲で、いわゆる芸者小唄(ネエ小唄またはエロ小唄ともいう)の流れを汲む楽曲です。そもそも芸者小唄も放送禁止や発禁処分にされているものが多く、そういう点から見ても古典を受け継いだ正統派のエロ小唄であり、まさしくマスト・アイテムといえる名盤ではないでしょうか。
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